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とめどなく流れるよだれ

反省するための意識と仕組みをつくるための反省、改善するための仕組み

これは人と共同生活をする中で、自分がもともと持っていない価値観をどのようにして相手と合わせるか、という方法を考える中で思いついたこと。

何か失敗をしたときに誰でも「つぎはちゃんとしよう」という気持ちになる。ただ、それが気持ちだけではつぎも同じ失敗をする。よほど日常的 (*) なことであれば気持ちだけでも解決できるだろうが、そうじゃないなら気持ちの先に何か必要だ。この何かを考えるのが反省の時間だと僕は思う。
※日常的 ... 2, 3日に 1回のペースでおこる出来事を指す

反省のときに考えるのはつぎ失敗しないための仕組みだ。この仕組みというのは、「目的を達成するには特定の条件をクリアしないといけない」というようなフローの義務付けと、フローを無理なくこなすための環境をつくることだと思う。

ひとつ例を出しながら考えてみよう。

A さんはゴミ箱に生ゴミの匂いをつけたくないと思っている(目的)。そのために「カップ麺の容器を捨てるときはすすいでから捨てる」という習慣を自分に植え付けたい(フローの義務付け)。だが、この習慣を実行しようと考えてから、すでに 3回失敗してしまった(すすがずに捨てちゃう!)。失敗の理由は容器をすすぐ場所がゴミを捨てるときに無いからだと考えて、ゴミ箱を流し台のそばに配置した(無理なくこなすための環境)。するとゴミを捨てるときに流し台が目に入り、容器をすすいで捨てることが自然にできるようになった。

最後の結果が僕の想像という点で、これはかなり都合の良い例だ。しかし、ひとつの仕組みとしては成り立っている。仕組みがひとつあればそこから改善の仕組みも考えやすいので、まずはひとつ仕組みを考えてみることが大切だろう。

もし上記のようにしても容器をすすぐ習慣が持てないのであれば、まずは環境を別のものに変えてテストしてみることができる。環境を変えてもダメなのなら、フローから変更すると良い。フローを変えてもダメなら、目的をさらに上流に押しやり、ゴミ箱の匂いは発生しても良いからそれが気にならないようにする、などすれば良い。課題発見をするときは仮案でもいいから案があったほうが発見しやすい。

話が横道にそれた。反省は仕組みをつくるためにあるということを書いてきたが、最後にあらためて言いたいのは、仕組みを考えるのは改善のためのアプローチだ。改善したいのは自分の失敗を申し訳ないと思う気持ちがあるからで、責任を棚上げするつもりはない

厄介なのは気持ちが衝突しているときに仕組みだなんだと言ってしまえば、それが言い訳にしか聞こえないことだと思う。

これはまた別の問題なので、いつか時間ができたときに考えたい。気持ちの衝突をどう抑えるか、衝突をどう避けるか。

まとめ

  • 日常的なもの( 2, 3日に 1回のペースでおこる出来事)以外で失敗を繰り返しているなら、仕組みを考える
  • 仕組みを考えるのはつぎ失敗しないためで、それは相手と自分のため

仕組みを考えるのには時間がかかるかもしれない。すぐにつくれないのであれば、失敗した内容をメモに書き残しておき、あとで考える時間をつくっても良いだろう。